生活

情報を得るのに疲れた。飽きた。

それを知ってどうなるのか。そもそも処理と実行が追いつかない。

最近思うのは、余計な情報が世の中には溢れすぎていてどうしようもないということだ。

テレビでは健康とグルメと日本文化に関する雑学を毎日毎日繰り返しやっている。
毎日というか一日何回もあちこちのチャンネルでやっているというべきか。

ゲストの大げさな「すごい!めちゃくちゃすごい!」というセリフも「わー」「きゃー」という観客の効果音もいちいちうるさい。
そそもそもそういう音源って既にデータとしてあってそれを使っている場合も多そう。

 

見ている方も見ている方で、そうなんやーこれは役に立つな。とその時はうなずくものの、3日後には忘れているだろう。専門職でもないのにそんな知識いらんやろと。

この余計な情報の洪水とそれをザルで受け止めているような視聴者とのやり取り。
毎日繰り返されているがだなんか怖い。

まさに時間の浪費だ。

これを回避にするためには視聴者は情報をメモる。
見直すかは別としてメモるのは大事。

 

インターネット見る情報はどうしても読むだけになってしまいがち。
SNSなら「これすごいわー」と友人に拡散ということもするがネットだとどうだろう。
お気に入りには入れるけど見直すことはないというパータンが多いだろう。

 

自分にとって必要な情報だけ取捨選択してうまく整理出来るのなら有益だがまあ面倒くさいからしないよね。部屋の片付けもそうだが、スマホの画像、PCのお気に入り、フォルダ、断捨離まではいかなくても散らかり放題なのを整理したほうがいいね。

朝日新聞の記事によると、人類が創出した情報量は、2000年に62億GB(ギガバイト)だったものが、2011年には1兆8千億GBに急激に増え、近い将来の2020年には44兆GBになる …

で、このイラストは興味深かったけどこれに関する記事はもう消去されて見られないようだ。

個人的には芸能ニュースはいちいち見ないようにしているけど、見出しだけはどうしてもヤフーやら何かのアプリで目に留まってしまうようね。

たいていタイトルだけで「ふーん」と流している。

今はスマホで何でも調べられるので何かを記憶しようという意識がなくなってしまった。
忘れてしまった英単語もすぐに調べられる。昔は友人の電話番号を覚えていたものだが今はその必要がない。仮に覚える必要が出てきたとしても覚えられるかやや不安なくらい記憶を使ってない気がする。